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東京高等裁判所 平成5年(ラ)611号 決定

抗告人

原ヘルス工業株式会社

右代表者代表取締役

原善三郎

右代理人弁護士

矢田次男

栃木敏明

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一  本件抗告の趣旨は、原決定を取り消し、売却を不許可とするとの裁判を求めるというのであり、その理由は、別紙「執行抗告理由書(補充)」に記載のとおりであり、要するに本件不動産を株式会社早川書房に特別売却したのは重大な手続違反であって違法であるというにある。

二  当裁判所の判断

抗告人は、まず、原裁判所は、同裁判所の定める特別売却実施要領に違反して一度目の期間入札で買受申出がなかった後直ちに特別売却したと主張し、なるほど、本件記録中の右実施要領によれば、原則として期間入札を二回以上実施しても適法な買受申出がなかったときは執行官に特別売却を命じることができるとされている。しかし、右実施要領は、「原則として」の文言からも明らかなとおり例外的に一度目の期間入札で買受申出がなかった後直ちに特別売却することも予定しているのであり、本件記録中の同裁判所の「特別売却実施要領の説明」によれば、「一回入札を実施して買受申出がなく、特別売却による買受け希望者が現れたとき、直ちに特別売却を実施する」取扱いとなっているのであり、本件不動産は最低売却価格が一一億円を超える工場及びその敷地であって、買受を希望する者が限られるものと予想される上に、一度目の期間入札で買受申出がなかった後、最低売却価格による特別売却の申出があったことから原裁判所はこれを実施したのであって、本件特別売却は右実施要領に反しないことは明らかである。

抗告人は、さらに、本件特別売却の実施は抗告人にとって不意打ちに当たると主張し、本件記録によれば、①原裁判所は、債権者からの申出により、平成五年六月二日に、本件不動産について売却実施の期限を同年八月三一日午後三時とする特別売却実施命令をし、同裁判所裁判所書記官は、民事執行規則五一条四項に基づきその旨を債務者に通知したこと、②同裁判所の執行官は、同年六月三日に特別売却を実施し、株式会社早川書房から買受けの申出があったので、同条五項に定める調書を作成したこと、③原裁判所は、同月四日に、特別売却期日を同月一七日午前一〇時と指定し、同裁判所裁判所書記官は、その旨を債務者に通知したことが認められる。そして、抗告人は、少なくとも右通知のうち特別売却実施命令に関する通知を同月三日午後二時には受領したことを自認している。

ところで、民事執行規則上、特別売却を実施する旨の命令が発せられたとき、裁判所書記官においてその旨を債務者に通知すべきものとされているのは、特別売却が事情により入札や競り売りに比べて売却価額が低額になることもあり得ることから、売却価額について利害関係を有する債務者にその旨を通知して執行異議を申し立てる機会を与えるためであるところ、特別売却実施命令についての執行異議は、執行官による特別売却の実施の有無を問わず、少なくとも売却決定期日まではすることができると解するのが相当である(当裁判所は、後記の特別売却の買受申出があった後はこれをすることができないとの見解は、債務者から執行異議をする機会を事実上奪う結果となることが多いことに鑑み、これを採用しない。)。そして、本件の特別売却期日が平成五年六月一七日午前一〇時と定められ、抗告人はその旨の通知を受けているのであるから、抗告人は執行異議の申立てをするのに充分な時間が与えられていたというべきであって、本件特別売却の実施は抗告人にとって何ら不意打ちとなるものではない。

仮に、特別売却実施命令についての執行異議は特別売却の買受申出があった後はすることができないものと解すべきであるとすれば、前示の事実によれば、債務者である抗告人は、特別売却実施命令に関する通知を右命令のあった日の翌日に受領しているが、同日には特別売却についての買受申出があったことから、事実上執行異議を申し立てる機会がなかったこととなる。しかし、売却手続に誤りがある場合において売却不許可とされるのは、その誤りが重大な場合に限られるところ(民事執行法一八八条、七一条七号)、①本件不動産は前示のとおり最低売却価格が一一億円を超える工場及びその敷地であって、一回目の入札では買受申出がなかったのであり、再び入札又は競り売りを実施したとしても、特別売却価額(右最低売却価格)よりも高額に売却し得たかどうか極めて疑わしいこと、②本件記録によれば、抗告人は、右最低売却価額については執行異議を申し立て、裁判所の判断を求めているのであって(原裁判所は、評価人に意見を求めた上で、平成五年二月三日に右執行異議の申立てを却下している。)、特別売却について、低額を理由に執行異議を申し立てても、右申立ては却下されることが容易に推認されること、③抗告人は売却価額について特段の不服を申し述べているわけではなく、その不服とするところは、抗告人の関係者が買受人として特別売却の申出をする機会を奪われたというのであるが、このことは、特別売却についての執行異議の事由とはならないことなどを参酌すると、抗告人が事実上執行異議を申し立てる機会がなかったとしても、競売手続の公正を実質的に害するものとはいえず、本件売却手続に重大な誤りがあるとして売却不許可とすることができないというべきである。

なお、抗告人は、平成五年三月一八日付期間入札の通知書に「入札期間等の延期・変更が認められるのは、……差押債権者の申出により原則として二回までです」との記載があることから、期間入札が二回は実施されると信じたと主張するが、右記載は抗告人主張のような事柄を記載していないことは明らかである。

その他、抗告人は窮状をるる述べるが、本件記録によれば、本件不動産については、当初は平成四年六月一日から同月一〇日までを入札期間とする期間入札による売却が実施されることとなっていたところ、差押債権者からの申出により約一年間和解手続が進められたが、折り合いがつかず、平成五年五月六日から同月一四日までを入札期間とする期間入札による売却手続が実施されたことが認められるのであって、このような経緯を参酌すると、本件売却が裁判所の裁量権を逸脱するものということはできない。

よって、本件抗告は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官岩佐善巳 裁判官稲田輝明 裁判官南敏文)

別紙

原審は、平成五年六月一七日に株式会社早川書房に対する特別売却の許可決定をしたが、その売却の手続きには重大な誤りがあり、民事執行法第七一条第七号に該当するので、上記決定は違法である。その理由は次のとおりである。すなわち、

1 前橋地方裁判所特別売却実施要領(平成五年一月二五日改正)によれば、「同一最低売却価格で期間入札の方法による売却を原則として二回以上実施しても適法な買受申出がなかった物件については、執行官に対し売却の実施(特別売却)を命じることができる」と規定しているが、本件は、一度期間入札を実施しただけで直ちに特別売却を実施しており、上記特別売却実施要領に違反している。

すなわち、本件競売は、第一回期間入札を、平成五年五月六日から五月一四日午後五時までと決めたものの、適法な買受申出人がでなかった。そこで本来であればもう一度期間入札をすべきであるのに、これを実施することなく、六月二日に特別売却の実施命令を出しているのであって、上記特別売却実施要領に違反していることは明らかである。

2 公表されている上記特別売却実施要領に加えて、債務者の受領した本件競売の通知書(平成五年三月一八日付)の下部説明欄には「二、入札期間等の延期、変更が認められるのは平成五年四月九日までで、差押債権者の申し出により原則として二回までです。」の記載がある。

そのようなことからして、競売により自己所有不動産の権利を喪失し、しかもどれだけの債務の弁済になるのかという重大な利害関係を持っている債務者としては、期間入札は、原則として二回は行われると信じていたのであり、かつ、そう信じることはまことに無理からぬことであった。

しかも、上記通知書に期間入札により適法な買受人が現われなかった場合には「特別売却」により行なう旨の記載でもあれば別であるが、その旨の記載もなかったのである。

してみると、本件特別売却の実施は、債務者にとって「不意打ち」以外のなにものでもない。

3 そもそも特別売却は、最初の買受人が優先的に買受人となることができるものであり、適法な買受申出人が現われれば、仮に次順位の買受人が現われて最初の買受人より高額の落札価格を提示したとしても、第一買受人の地位を覆すことはできないのである。

したがって、これは、文字どおり特別なものであって、債務者ら利害関係人の利益を無視して軽々に実施すべきものではない。

ところで、債務者である抗告人は適法な買受人となることはできないが、抗告人の関係者が買受の申出をすることにより事実上競売物件の所有権を確保することは世上よく行なわれていることであり、裁判所においても周知の事実である。

例えば、債務者の居住用土地、建物を債務者の親、兄弟が落札し、競落後も債務者の生活の本拠を確保する例が多くみられる。これと同様に本件土地建物は債務者にとり、経営の生命線ともいうべき医療用具・医薬部外品の許可工場であり、特別売却が一度の期間入札後直ちに実施されることが予想されたのであれば、債務者の関係者に必死にお願いするなどして、債務者と差押債権者にとって、より有利な形での買受申出の手続を踏むことができたのである。

しかし、債務者たる抗告人は、不意打ちともいうべき第一回の期間入札後直ちに特別売却を実施されたため、その機会を奪われたものである。

4 本件特別売却実施に至るまでの経過としても入札期間の五日経過後の平成五年五月一八日に債権者株式会社第一コーポレーションから「本件については買受人がおり、現在協議中ですので特別売却に付されますよう上申する」旨の上申書が御庁に提出され、ついで平成五年六月一日、買受希望者である株式会社早川書房が自ら買受希望を申し出、特別売却に付するよう上申している。

そして、その翌日の六月二日に特別売却実施命令を出し、特別売却による買受を希望していた株式会社早川書房が六月三日に買受申出人となり、特別売却が実施されているのである。

ところが重大なことに、債務者は平成五年六月二日付の特別売却実施の通知書を翌日の六月三日午後二時ころに受領した。

しかも、その通知書には「入札又は競り売り以外の方法により実施すべき旨が命ぜられました」との記載があるのみで、「特別売却実施命令」の文言は全く記載されていなかったのである。

これでは一体何のための通知書であるか不明であり、素人の債務者にはおよそ何たるかを理解することはできない。

仮にこの通知書が特別売却実施の通知書として有効な通知書であるとしても、発送の時期に疑問、問題がある。

すなわち、債務者が通知書を受領した時点では、既に株式会社早川書房が買受申出人として届出をしていたのであるから、債務者は何ら打つべき手段がないからである。

5 ところで、特別売却の実施命令は、入札又は競り売りという一般的な売却方法によらないで、特別売却に付するという重要な裁判といえるので、裁判所書記官は、特別売却の実施命令が出された旨を各債権者及び債務者に通知しなければならないことになっている(民事執行規則五一条四項、一七三条)。

この趣旨は、通知書を出すことにより、利害関係人に執行に対する異議等の機会を与えるためであり、既に述べたとおり、特別売却は、最初の買受申出人が買受申出の価格いかんにかかわらず、優先的に買受人となる重要な裁判だからである。ところが、本件では、上記経過のため、債務者の関係者が第一順位の買受申出人になる機会は全く存在しなかった上、最後の努力による債務弁済や弁済猶予の機会を事実上奪ったことになろう。これでは同規則の「通知」をしたといえないことは明白である。

債務者にとって、特別売却による買受人がでたことは、自己の所有権を喪失し、債務の弁済額を確定させることを意味するのであり、極めて重大な事実なのである。同規則の通知は債務者の関係者が買受申出人となる機会を十分に与えるとともに最後の努力による債務弁済や弁済猶予の機会を与えるよう余裕をもって通知することが要求されているのである。この点から本件特別売却許可決定は取消を免れないものと確信する。

本件は、債権者の早期な債権回収と買受人の利益を優先させ、債務者の所有権喪失と低額な債務弁済の結果という不利益に対して、十分な配慮をせず、法に従ってきちんとした手続を踏まずに徒らに特別売却の制度を利用したものであり、到底承服することはできない。早急に売却許可決定を取り消すことを求める次第である。

6 なお、債務者が特別売却決定期日の六月一七日までに何ら異議の申立をせず、その後に今般の執行抗告の申立をした理由は、債務者が強制執行手続に明るい者に本件を相談したところ、同人から「決定日から二週間以内に抗告すればよい。」と説明されたため、六月一七日に決定が出るまでは異議の申立はできないものと思い込んでいたためである。そして、そのため売却期日の翌日である六月一八日に当職らのもとに抗告手続の依頼をしてきたのであった。

7 おって、債務者原ヘルスは、現在群馬銀行や大同銀行との間で本件債務を弁済するため一〇数億円の融資について具体的に交渉中であって、近日中に実行される見通しがついている。そのため、何とぞこの債務者を助けてやっていただきたく、伏してお願い申し上げる次第である。それは債権者の利益にもなることを確信しつつお願いする次第である。

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